記
【1】手続き関係
- 従来中国商標法ではわが国と同様視覚に基づく文字、図形等からなる標章のみしか商標登録の対象を認めていませんでしたが、改正により「音声」も商標登録の対象となりました。
- 多区分一出願の採用
現在中国への商標出願は1区分ごとにしなければなりませんでしたが、このたびわが国と同様複数の区分を1つの出願で出願可能な多区分一出願を採用することになり、これにより出願コストを低減できるようになりました。
- 意見書・補正書の提出機会が与えられ、これにより拒絶理由通知が解消されるようになりました。
現在中国では審査段階において、識別能力が無い、先願商標と類似すると判断された場合、出願人に意見書、補正書の提出する機会を与えることなく、いきなり拒絶査定が参り、私どもとしては当初面食らいました。
この度の改正により、拒絶査定が参る前に出願人に意見書・補正書提出の機会が与えられ、評審委員会に再審を請求することなく、商標局における審査段階で解決することができるようになりました。
- 手続きの迅速化
現在中国では商標局および評審委員会における審理の遅滞が問題となっており、弊所から中国へ商標出願を行った場合、弊所の経験では出願からち登録まで約2.5から3.0年を要しています。
この度の改正はその審査の遅滞を解消することを目的とするものであり、審査・審理期間が法律上明記されました。
例えば、商標局の初期審査期間は願書受領の日から原則9ケ月以内、異議申立てに対する調査・事実確認期限は原則12ケ月以内、評審委員会の拒絶査定に対する再審の審査は再審申請書の受領日から原則9ケ月以内等と法定されており、この改正により商標局および評審委員会の審査・審理遅滞は大幅に改善されるものと期待しております。
【2】馳名(著名)商標の保護について
- 中国における馳名商標はわが国の著名商標に相当致しますので、以後「著名商標」と標記します。
「著名商標」の保護制度は国際的には相当認知されており、世界ですでに170余りの国が著名商標を保護しています。
ご存知のように、著名商標には多大な自他商品識別能力および信用保証能力を有しており、その財産的価値は測定不可能といわれています。卑近な例として「青森りんご」「讃岐うどん」の例を挙げることができますが、いずれも、両商標は中国において公告になり、公告後異議申立てにより登録を拒絶したものであります。
「著名商標」はそれ自体多大な財産的価値を有するため、その著名性にただ乗りして、中国の一部企業は著名商標を自分の製品販売を促進するための「金字看板」として「著名商標」を包装用紙に印刷したり、また多くの地方政府は、地方経済を発展させるために、企業の知名ブランドを立ち上げることを奨励するために、「著名商標」を取得した企業に対し高額の奨励金を与えていたとのことであります。そのため、一部企業は著名商標を得るために手段を選ばず、虚偽の案件を作ったり、偽造証拠を作ったりして、商標が本当に著名であるか否かの事実をねじ曲げて「著名商標」を「栄誉称号」としてつくり上げていました。
すなわち、現在では地方政府が独自に「著名商標」の認定処理を行っていたのであります。
- この度の改正商標法では、このような問題点を解決するため、需要者の間に熟知された商標の所有者が、自己の権利を侵害されたと考える場合、著名商標の認定を以下の機関に申請することができる旨が明記されました(改正商標法第13条)。
1)商標局における認定
2)商標評審委員会
3)最高人民法院の指定を受けた人民法院
したがって、改正後は地方政府が独自に「著名商標」として認定することができず、地方政府の認定は「著名商標」と無関係であり、かつ「著名商標」の名称を商品等に付した場合は違法行為となり処罰の対象となります。
また、「著名商標」の認定に際しては下記の原則が適用されますので、ご留意下さい。
1)当事者からの申請があった場合のみ行う。
2)個別案件ごとに行う。
3)関連商標案件を処理する上で、著名商標の認定の事実が必要な場合にのみ行う。
- この度の改正により、「著名商標」の認定権者に地方政府が排除されている点は評価されますが、私としてはなお下記の点について若干疑問を有するものであります。
1)「著名商標」であるや、否やの判断に際して、例えば「中国」国内では、それほど著名性は認められないが、「日本」国内においては著名性が認められる場合に、中国においてそのような商標が保護されるのか。
2)「周知・著名性」の立証は代理人として最も苦慮する点でありますが、どのような主張および証拠が要求されるのか。
いずれにしても、改正商標法において、「著名商標」の保護について明確な方針が法定されたことは一歩前進でありますが、できれば審査基準等を早急に開示願いたいと思います。
【3】先使用権(改正商標法第59条)
現在の中国商標制度においては、他人の商標登録出願前から使用されている未登録商標について先使用権は認められていません。
したがって、現に継続使用している商標が未登録の場合、第三者が冒認出願により当該商標について商標権を取得した場合、未登録商標の商標使用者は商標権侵害となり、継続使用はできず、損害賠償の責めを負わされます。
しかし、この度の改正により他人の商標登録出願前から継続使用しており、かつ、一定の影響力を有するに至った未登録商標については、継続使用の範囲内において先使用を認めようとするものであります。この改正案はわが国商標法第32条の「先使用による商標の通常使用権」に相当するものでありますが、改正条文上の「一定の影響力を有する」とはわが国商標法第32条の「需要者の間に広く認識されている商標、すなわち周知商標」と同義と解されております。
したがって、この度の改正により、例え冒認出願により自らの商標が他人によって登録された場合にも、使用している未登録の商標が周知性を有する場合にはその範囲において継続使用が認められるようになりました。
なお、先使用による商標使用権が認められた場合、当然ながら2つ以上の複数の商標権が並存する訳ですので、商標権者は先使用権に基づいて未登録商標を継続使用する者に対し、混同防止の区別標識を求めることができます。
また、この先使用による通常使用権の適用を受けるためには、中国国内の使用にのみしか適用されませんので、日本国内でのみ当該商標を使用している場合にはこの規定の適用はありません。ご注意下さい。
すなわち、この度の商標法改正に際しても、先願主義および独立の原則は全く変わっていませんので、中国進出をお考えなさっている企業であって、現在継続使用している商標は中国においても是非登録しておく必要があります。
【4】商標権侵害行為について
- 現在の商標法でも商標権の侵害行為について規定されていますが(第52条)、改正商標法は登録商標と同一の商標を同一の商品又は役務に使用する場合には「混同の生ずるおそれ」の有無に関わらず侵害が成立します。しかし、類似範囲での使用に関しては「混同の生ずるおそれ」のあることが侵害行為の成立要件となることが明記されました(改正商標法第57条8(1)(2)。
その点、わが国商標法第25条には「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する」、商標法第37条には侵害とみなす規定があり、この条文の第1項には「指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する・・・これに類似する商標の使用」は侵害行為を形成すると規定されております。
これらの規定からわが国商標法では商標権の効力は類似範囲まで及び「混同の生ずるおそれ」の有無は侵害行為の成立要件ではありません。
わが国の商標権侵害事件では一般的に登録商標とイ号商標の類似、すなわち、両商標の外観・称呼・観念の類似について争われますが、その「類似」と「混同」とが同義なのか、どうか改正法では明確ではありません。
常識的には「類似」と定義された場合「静的」な印象を覚え、「混同」と定義された場合「動的」な印象を覚えますが、この改正法における「混同」がわが国の「類似」と同義かどうか不明瞭な気が致します。
実務上、商標権侵害事件として裁判所で争う場合、「同一商標」「同一商品」で争う場合は殆どなく、「類似性」で争うのが殆どですが、このような場合、中国では「混同の有無」を立証しなければならないのでしょうか、疑問を感じます。
- 商標権侵害行為に対する損害賠償金額の引き上げ
改正商標法では商標権侵害による損害賠償金額の算定に際しては、改正法によりわが国商標法第38条と類似する規定が採用されました。
また、損害賠償金額の算定に当たっては悪意の侵害者であって、情状酌量の余地の無い場合、人民法院は確定した損害賠償金額の1〜3倍以下の賠償を命ずることができるようになりました。
なお、故意侵害に対し、米国と同様に3倍賠償の規定が導入されましたので、十分注意が必要であります。
- わが国でも同様ですが、商標権者から商品の製造・販売の禁止等の差止め請求および損害賠償請求等を求められた場合、被警告人は当然ながら対抗手段を考えます。
その対抗手段の一つが不使用による取消審判請求が可能か、どうかです。
改正商標法によれば、中国においても商標権者からの損害賠償請求に対し、侵害者は抗弁として登録商標の不使用審判請求を請求して当該登録商標の取消を検討しますが、人民法院は商標権者に対して過去3年間に登録商標が使用されていたことの証明を求めることができ、かつ侵害行為により損害を受けたことを証明することができない場合には、侵害者は損害賠償責任を負わない旨が規定されました(改正商標法第64条)。
なお、わが国の場合、不使用により当該登録商標が取消された場合、その効果は審判請求の登録(審判請求の予告登録)の日から消滅したものとみなされ(商標法第54条第2項)、消滅の日までは有効に存続したものと解されており、消滅は将来効であります。
その点中国改正法によれば侵害者は損害賠償責任を負わない、と規定されているのみで、損害賠償責任の範囲が明確でないように思われます。
【5】商標代理機構に対する義務・禁止規定
-
わが国の「青森りんご」「讃岐うどん」その他わが国の地方県名および著作権等が中国で商標登録あるいは模倣され、わが国は勿論世界各国から中国が非難を受けていることは周知であり、このような模倣・海賊行為は中国としても当然改善すべき事項かと思います。
この度の改正法はこのような現状認識の下、有名商標が盗用され冒認出願されるケースが代理人を通じて出願されることを防止すること、商標代理機構が届出制となり、代理機構が乱立し、依頼者が不測の不利益を受けることを抑制することを目的とするものであります。
主な改正点は下記の通りであります。
1)商標代理機構は信義誠実の原則に基づいて、業務を行うこと。秘密保持義務を負う
こと(改正商標法第19条)。
2)商標代理機構は法律の規定により非登録の商標がある場合には、その旨を委託人に
告知しなければならない。
3)商標代理機構は委託人の登録出願商標が本法第15条及び第32条に定める状況に
該当することを知り、あるいは知り得た場合、その委託を引き受けてはならないと
規定されている。
この度の改正法により、代理機構は信義誠実の原則に基づき業務を行うことを義務付けられておりますが、「信義誠実」とは何か、定義されておりません。私としては実務上その点の解釈について争いが出てくるのではないかと危惧しております。
また、この規定の最大の目的は代理人自らが他人の有名商標を冒認出願するような行為および他人に販売することを目的とした商標ブローカー的な出願を禁止するものであります。
なお、上記規定に違反した行為には民事責任および刑事責任が課せられるようになりましたので、この規定の活用によりわが国の商標が中国において冒認出願されるのを若干阻止できるのではないかと思います。
【6】異議申立て制度について
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従来の異議申立て制度は法律上の利害関係の有無に関わらず何人も申し立てができたため、相手方商標登録の速やかな発生を阻止して、商標権を長期にわたり不安定な状態に陥らせていたこと、商標権の権利確立までの手続きが複雑で、権利確定までの期間が長かったという問題点がありました。
この度の改正はこのような問題点に鑑み改正されたものです。
- 改正商標法では絶対的拒絶理由通知又は公益的拒絶理由通知を根拠とする場合を除き、異議申立ては、先行権利者又は利害関係者のみができるように制限されました。
- 異議決定(登録決定)に対する対応
1)商標局によって「異議を棄却する(出願を登録する)」旨の決定を受けた場合、現行法では異議申立人は評審委員会に再審を請求することができます。しかし、この度の改正法では「異議を棄却する」旨の決定を受けた場合、登録証 が発行されますので、異議棄却決定に不服のある異議申立人は、評審委員会に商標登録の無効を主張して争うことができます。
2)商標局により「異議を容認する(拒絶する)」旨の決定がなされた場合には、改正法の下でも、現行法と同様に出願人は評審委員会に再審を請求して争うことができます。
- 異議容認決定(拒絶査定)に対する再審審理の延長
前記3.2)で述べたように拒絶査定に対して、出願人が再審を請求した場合、評審委員会は関連する先行権利の有効性が人民法院で審理中又は行政機関で処理中の他の案件の結果に影響を受ける場合には、再審の審理を中止することができる旨が規定されました(改正商法法第35条)。
現行法のもとでは、拒絶査定に対し再審を請求すると同時に、引用商標に対し不使用取消審判を請求したものの、不使用取消審判請求の結果が出る前に出願商標が再審で拒絶されてしまう、という問題点がありました。しかし、この度の改正により再審の審理を延長することにより登録取消の結果を待って判断できることになりましたので、正確な審理を得ることができる、と期待されます。
【7】その他の改正事項
この度の改正商標法は2003年から10年をかけて改正された大幅なものであるため、上記改正以外に下記のような改正がなされております。
- 電子出願制度の導入(改正商標法第22条)。
- 商標の使用の定義(改正商標法第48条)。
- 商標権の効力が及ばない範囲(改正商標法第48条)。
- 商標権の更新申請期間の変更(改正商標法第40条)。
- 使用許諾(改正商標法第43条)。
- 登録無効審判請求(改正商標法第45条)。
- 商標権侵害行為の定義(改正商標法第57条)。
- 工商行政管理局が課すことができる侵害行為に対する罰則の強化等(改正商標法第60条 同第62条)。
参考文献
- 第三次改正商標法ガイド 主要改正内容と日本企業が取るべき対策
河野特許事務所
弁理士 河野英仁
- 第3次中国改正商標法 詳説 著者 不明
- 中国商標法の3回目の改正について=64条から73条まで増加
中国弁護士 呉 月琴
- 中国商標法改正案に対する日本国特許庁からのコメント
- 商標法改正が可決「馳名」使用を制限
中国広幡網=中国新聞社
- 中国商標法改正の要点
ウンピン・エンド・カンパニー
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