きずな国際特許事務所

重要判例
スタッフ紹介
中国知財関連
事務所のご案内 スタッフのご紹介 知財研究 お問い合わせ
  TOP知財研究トップ重要判例 >「正露丸」事件

「正露丸」事件


平成17年(ワ)第11663号 不正競争行為差止等請求事件
 
【事案の書誌的事項】
 
第一審 (大阪地裁)
 
平成18年07月27日 判決
 
平成17年(ワ)第11663号 不正競争行為差止等請求事件
 
原告  大幸薬品株式会社
 
被告  和泉薬品工業株式会社
 
主文  原告の請求はいずれも棄却する、として原告敗訴となった事件である。
 
【事案の概要】
   

原告は、「正露丸」という商品表示の胃腸薬を製造販売する製薬会社です。
被告も、「正露丸」という商品表示の胃腸薬を製造販売する製薬会社です。

本件は、原告が被告に対して、

(1)  

被告の行為は不正競争防止法第2条第1項第2号又は第1号の不正競争に当たるとして、同法第3条に基づく「正露丸」の商品表示を使用した商品の製造販売の差止め及び、

(2)  

被告の「正露丸」が、原告の所有する「正露丸」の商標権を侵害しているとして、商標法第36条に基づく「正露丸」の商品表示を使用した商品の製造販売の差止め、等を請求した事案です。


【主な争点】
   
  1. 被告が製造販売する「正露丸(以下、「被告正露丸」という)」と、原告が製造販売する「正露丸(以下、「原告正露丸」という)」とは、需要者が誤認混同するおそれがあるか。

  2. 被告正露丸の標章は、原告の商標権を侵害するか。

【地裁決定の要旨】
   
争点1について
   

原告正露丸と被告正露丸とは、確かに包装箱の形状,包装箱全体の地色,包装箱正面の正露丸の文字,図形及び周縁の模様の表示,配色及び配置,左右側面の表示などがお互いに類似していることが認められる。

しかし、原告は従前、「ラッパのマークの正露丸」「ラッパのマークの正露丸とご指定ください」など、原告正露丸の包装箱には「ラッパのマーク」が記載されていることを強調する宣伝広告活動を行っている。

そうすると、原告正露丸の表示で自他商品識別力を有するのは「ラッパの図柄(及び原告の社名)」である。

原告正露丸の「ラッパの図柄」に相当する部分は、被告正露丸の「ひょうたんの図柄」であり、「ラッパ」と「ひょうたん」とは類似しないことが明らかであるため、被告正露丸が原告正露丸と誤認混同を生ずるおそれがあるとは認められない。

 
争点2について
   

原告商標の態様は、普通の手書き書体の漢字「正露丸」の文字を縦書きにしてなるものであるところ、「正露丸」の語はクレオソートを主剤とする胃腸用丸薬(以下「本件医薬品」という)の普通名称である。
そして、被告正露丸の標章は、包装箱正面に普通の毛筆体で漢字「正露丸」を縦書きにしたものである。
そうしてみると、被告標章は、本件医薬品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したものに過ぎないから、原告商標の効力は被告標章に及ばない。

 
【参照条文】
    不正競争防止法第2条第1項第1号 (不正競争の定義:混同惹起行為)
    不正競争防止法第2条第1項第2号 (不正競争の定義:著名表示冒用行為)
    不正競争防止法第3条 (差止請求権)
    不正競争防止法第4条 (損害賠償請求権)
    不正競争防止法第19条第1項第1号 (適用除外)
    商標法第26条1項2号 (商標権の効力の及ばない範囲)
    商標法第36条 (差止請求権)
    商標法第39条 (特許法の準用)
    特許法第104条の3第1項 (特許権者等の権利行使の制限)
【弊所コメント】
(1)  

「正露丸」をめぐる事件は根が深い。歴史的には昭和29年10月大手メーカにより「正露丸」が商標登録を受けた事実があるが、昭和30年4月約30社から無効審判が請求された。それに対し昭和35年4月特許庁は「商標は登録当時、正露丸が医薬品の普通名称であったとは認められない」として、登録維持の審決がなされた。その審決に対し東京高裁に審決取り消し訴訟を提起、東京高裁は昭和46年9月「正露丸はクレオソートを主成分とした整腸剤で、これを固有の商標とした特許庁の審決を取り消す」と判決した。

その理由は「多年にわたり不特定かつ多数の業者によって全国的に使用された結果、一般的な名称として国民に認識されており、原告の請求は正当と認める」として等許庁の審決を取り消した。この高裁判決に対し大手メーカは高裁判決の破棄を求めて最高裁に上告、最高裁は昭和49年3月「正露丸は一般的な名称として国民に認識されており、これを固有の商標とした特許庁の審決を取り消す」との高裁判決は正当として、高裁判決を支持した。この最高裁判決により上記商標登録は無効となった。

 (2)  

上記のような経緯から「正露丸」なる商標は「クレオソートを主剤とした整腸剤」の普通名称あるいは慣用商標と認められ、商品出所機能及び自他商品識別機能を喪失した商標となったのである。

(3)  

このような背景を原告は充分認識の上、本事件を提起したものと考えられるが、原告は主に「正露丸」を収納する「包装箱」の表示態様について不正競争防止法第2条1項1号、2号を用いて争った。結論は「ラッパの図柄」か「瓢箪の図柄」かを識別することにより商品の出所について誤認混同を生じるおそれはないと判示して、原告の主張を棄却したものである。

(4)  

ところで、本事件は「正露丸」なる商標は最高裁判決により商品の普通名称と認定されたものであるから、商標権侵害とはいえず、且つ「正露丸」なる商標を付したメーカが多数あることを鑑みるとみると、本判決は妥当なものと判断せざるをえない。

商標権はそもそも出所表示機能及び自他商品識別機能を有してこそ価値を有するものであるが、商標権がそのような機能を維持・確保していくためには、商標権者の不断の努力が必要である。このようなケースとして、典型的な例は昇降機の一種である「エスカレータ」なる商標がある。この商標も当初は自他商品を識別する商標権と認められたが、商標権者が何等権利主張をしなかったため、誰でも一般的に使用するようになり、その結果商品の普通名称となったものである。
この判決を通じて、有名商標をお持ちの方は自己の商標が普通名称化あるいは慣用商標化しないように充分気をつけて下さい。

     
【参考文献及び参考サイト】
 
日本経済新聞 平成18年07月28日(金) 第14版 社会39面
産経新聞 Sankei Web
 
読売新聞 YOMIURI ONLINE
 
裁判所ホームページ 知的財産判例集
(http://www.courts.go.jp/search/jhsp0010?action_id=first&hanreiSrchKbn=07)
担当(弁理士 和田 成則
 
戻る 次へ