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 「下町ロケット」中小企業が特許で大企業に挑戦!


コラム

「下町ロケット」中小企業が特許で大企業に挑戦!
第145回 直木賞受賞作  池井戸 潤

1.はじめに

 この小説は私どもが日常扱っている特許権をテーマとしたもので、弁理士のほか知財関係者の方も多く読まれているものと思います。
 主人公である佃航平は宇宙科学開発機構の研究員でロケット打ち上げ失敗の責任を取って退職し、退職後父親の経営していた佃製作所を引き継ぐ。佃製作所は精密機械製造業、資本金3,000万円、売上げ100億規模の研究開発型中小企業であるが、エンジン関連および水素エンジンのバルブシステムについて特許権を取得しているとともに、それら技術について大企業をしのぐ特許権とノウハウを有している。
 しかし会社の経営状態は火の車で、その矢先に京浜マシナリーからの下請け仕事のキャンセルが入った。同社は佃製作所の主要取引先で売り上げの10%を占めており、佃製作所の赤字は必至である。
 佃製作所はメイン銀行に融資依頼に行くが、銀行は「研究開発を止めない限り融資はしない」と回答。
 物語はこのような状態のもとで進んでいくが、事件は大企業であるナカシマ工業との特許権侵害事件および帝国重工との特許権交渉にまたがるので、分りやすくするため、二つに分けて物語を進める。

2.ナカシマ工業事件

 ナカシマ工業から佃製作所の開発した最新型エンジン「ステラ」がナカシマ工業の開発したエンジンの模倣と断定し、特許権侵害を理由に販売差止めと90億円の損害賠償を求めてきた。
 更に、京葉平和エンジニアリングからステラのチャンセルが入った。
 佃製作所は侵害事件の代理人として、弁理士でもある神谷弁護士に依頼。
 神谷弁護士は検討の結果、ナカシマ工業はこの事件を通じて佃製作所をナカシマの傘下に入れ、同時に佃の技術をナカシマが手に入れるのが目的と判断。
 神谷弁護士は佃製作所の有する特許権にもとづいて、ナカシマ工業の主力エンジン「エルマーU」に対して特許権侵害で販売差止めと損害賠償70億円を請求。
 裁判所は「原告佃製作所の主張する特許侵害は、ほぼ全面的に認められる。被告(ナカシマ)代理人からは膨大な証拠が提出されているが、そのどれもが原告の主張を覆すだけの論拠をもっているとはいえない」として、56億円の和解案を裁判所が原告・被告に提示。
 このナカシマ工業は裁判所の和解勧告により、ナカシマ工業が56億円を佃製作所に支払うことにより解決した。
 なお、ナカシマ工業の事件担当者は控訴、上告を主張したが、ナカシマ工業の代理人は和解を受けた方が会社のためになると説得し、事件は解決した。

3.帝国重工との特許権交渉

  1. 帝国重工は宇宙開発関係の国内最大メーカであり、大型ロケットの製造開発を担当している大企業である。
     佃製作所は水素エンジンのバルブシステムについて特許権を有しており、このシステムは「燃料を燃焼室に供給するための部品」で、この部品はロケット打ち上げの成功率に直結するもので、バルブを制するものはロケットを制するといわれる程の重要部品である。
     帝国重工もこのバルブシステムについて特許出願をしたが、帝国重工の出願が佃製作所の出願より3ヶ月遅かったため、帝国重工は特許権を取得できなかった。
     しかし、このバルブシステムは帝国重工にとって「キーデバイス」であって、キーデバイスに関する技術は自社が製造するのが原則であって、他社には製造させないことを基本方針としている。
     しかし、この技術がないことにはロケットを飛ばせなくなることに鑑み、帝国重工は宇宙航空部開発担当部長 財前部長にそのシステムの買取交渉をまかせた。
     財前部長は佃製作所の銀行借り入れ残が20億円であることを調査した後、バルブシステムの買取価格を20億円と算定し、この価格を佃航平に申し入れた。
     しかし、航平は「あの特許については愛着があるから売れない」「自社開発した高い技術をベースにした商品開発で、売ってしまったらそれ以上何も残らない」と帝国重工への譲渡を拒否。
  2. やむなく、帝国重工は特許権の買取を断念し、財前部長は特許権の使用許諾について年5億円を航平に提示した。
     この提案について佃製作所社内では、多々意見が出された。会社の目的は利益を上げることではないか、あえてリスクをとる必要はない、夢より給料、待遇、ボーナスだ、と航平の考えに反対意見が出された。
     それら社員の意見に対し、航平は「うちの特許だ、うちでエンジン部品を作ればいい、特許を使わせるのではなく、製品を帝国重工に供給したい、これはエンジンメーカーとしての夢とプライドの問題だ、知財ビジネスで儲けるのは確かに簡単だけど、本来それはうちの仕事じゃない、うちの特許はあくまで自分たちの製品に活かすために開発してきたはずだろう、いったん楽なほうへ行っちまったら、ばかばかしくてモノ作りなんてやってられなくなっちまう、ビジネスの広がりというか可能性を考えると、一時的に金をもらってもあとは傍で見ているだけというのはチャンスを逸している気がする、リスクのないところに ビジネスはありますか」と社員を説得。
     このような経緯から、航平は帝国重工に対し、「特許使用ではなく、部品供給で行けないか、うちの特許であるバルブシステムに限定しての話だ、それを供給させてもらいたい」と回答。
  3. 航平の部品供給の回答に対し、財前部長は断れなかった。「うちより精度が高いかも知れない、国内企業からの技術供与であれば、少なくとも国策的な輸出制限などということは心配する必要がない、佃の技術が本物で、かつ安価であれば、それを利用しない手はない、どんな会社でも設立当初から大企業であるはずがない、ソニーしかり、ホンダしかり」と考え、財前部長は航平の主張に理解を示すようになった。
     しかし、帝国重工内ではキーでバイスに関する技術は自社で製造するのが原則である、との意見も強く、最低特許使用で、佃からの部品供給は認められないというのが社内意見である。
  4. 帝国重工は佃からの部品供給の要求に対し、帝国重工は評価チームを結成した。
    この評価チームのテストは経営や財務の第1段階と試作部品の品質を検査する第2段階に分けられていたが、帝国重工のこのテストは使用許諾へ導くことを目的とするものである。
     したがって、そのテストは佃製作所に難癖をつけ、使用許諾を強要するようなもので、佃製作所にとっては到底容認できるものではない。
     席上佃社員から「こんな評価しかできない相手に、我々の特許を使っていただくわけにはいきません。そんな契約などなくともわれ我々は一向に困ることはありません。どうぞ、お引取り下さい」、また、シリンダーの品質を評価してもらうため二つの製品を提示し、佃製品がいずれか判断を求めたが、帝国重工は正確に評価することができなかった。
     このテストで帝国重工の若手技術者が、佃製作所の製品品質について、「これ、すごいですよ、素晴らしい技術だと思います」と佃製品を評価した。
     次に、佃製作所から提出を受けたバルブシステムについて、筑波研究所にて耐久性と動作性能についてテストが行われたが、動作テストで異常値が出た。しかし、その原因は不合格品にロットナンバーを入れたことであることが判明した。
     佃は再度のテストを申し入れたが、その申し入れに帝国重工の若手技術者が応え、再テストを行うこととなった。
  5. 水原本部長を含めた事務連絡会議が開かれた。
     この会議において、不良品の混入していたことを理由に部品納入は疑問である旨が発言された。
    しかし、財前部長は「打ち切ればこのバルブの搭載の目はなくなる」「納入ミスなどという理由で製品受け入れを断れば、佃も態度を硬化させる可能性があります。特許使用を許可するとは思えない」と発言。
     水原本部長は再度佃製作所との使用許諾について検討するよう指示。
     この指示に基づいて佃製作所と交渉したが、航平は「つまらん理由を付けて製品供給を拒絶する相手より、たとえ外国企業であれ、製品として正しく評価し受け入れてくれるのであれば、そこと取引するのは当りまえだ」「その代わり特許使用契約を締結するつもりない」と回答。
     水原本部長は佃製作所のバルブシステムについて再度続行することを決意した。
    帝国重工は新型水素エンジン、開発ネームコード「モノトーン」の燃焼実験を佃製のバルブを搭載して燃焼実験を行った。
     しかし、その実験で「タンク内 圧力異常」「エンジン緊急停止 異常停止」の信号がでて、この燃焼実験は完全な失敗に終わった。
     その失敗の原因について航平は追求した。その結果航平は、バルブ内部のかすかな痕跡に気がつき、それが二酸化ケイ素によるものであることおよびその二酸化ケイ素がバルブ内フィルタに付着していたことが判明した。
     なお、このバルブ内フィルタは帝国重工製のものである。
  6. 役員会議
     藤間社長のもと、役員会議が開催された。
    席上、財前は「バルブシステムの特許開発で他社、すなわち佃製作所に特許を取得されたこと、このバルブを超えるものを開発するために何年かかるかわからないこと、このバルブを採用することでロケット打ち上げの成功率は格段に向上することおよびうちが採用しなければ競合他社が採用する可能性があること」などを挙げ、藤間社長は「圧倒的な技術的優位のもとで宇宙開発を推進するというスターダスト計画が骨抜きになる」と感じ、その結果、藤間社長は「このバルブを搭載しよう」と決裁した。
     この佃製バルブシステムを搭載したロケットの燃焼実験が再び帝国重工の試験場で行われ、その実験は成功し、佃製作所はバルブシステムの製品供給という挑戦を成し遂げたのである。
  7. エピローグ
    いよいよ種子島宇宙センタからのロケットの打ち上げである。打ち上げは財前が担当した。カウントダウン開始、モノトーンからオレンジ色の閃光が噴出し、四基の補助ロケットエンジンに守られたロケットはふわりと 浮き上がり、天空に消えた。
     ロケット打ち上げは見事成功したのである。

4.読後感

  1. 私はこの小説を3回読み返しました。特許権をテーマとした小説は異色だと思いますが、作者である池井戸潤権先生が特許法および特許権の効力等についてよく研究し、小説にまで構築化したことに大変敬意を表します。
     この小説は佃製作所という中小企業が特許権に基づいて大企業に挑戦するという意味で大変痛快ですし、また、特許権の有効活用という観点からも弁理士として大変参考になりました。
  2. 特許権の有効活用というと、ナカシマ事件があります。この事件は反訴として、ナカシマ工業を特許権侵害として提訴したものですが、この事件は56億円という多額な和解金で解決し、この和解金により佃製作所の資金繰りがよくなりました。これは特許権活用の典型かと思います。
     次に帝国重工との特許権交渉にも感銘を受けました。
     帝国重工の開発したバルブスイステムは佃製作所の出願より3ケ月遅かったため、後願となり、特許権を得られなかった訳ですが、先願主義の我国法制度の下では当然であります。
     発明は先に出願した方に特許権が付与されますので、ご注意下さい。
     そのことを前提に、帝国重工は先ず佃製作所に特許権の譲渡を求め、この交渉が失敗すると使用許諾交渉に移行し、更に部品供給という交渉により事件は解決しました。
     特に、使用許諾交渉において帝国重工が年5億円の使用料支払いを提示したことは社員の立場からすると極めて魅力的な条件であったと思います。
     しかし、その条件を航平が拒否したことは佃品質、佃プライドという航平の信念から生まれたものですが、その信念の強さに感銘を受けました。
  3. 通常特許権侵害事件が発生すると、無効審判で争います。すなわち当該特許権を無効審判により無効化できれば、その特許権は初めから存在しなかったものとみなされますので攻撃・防御の手段として極めて有効であります。
     しかし、この物語では無効審判のことについてはまったく触れられていませんでした。できればその点を含めてストーリーを展開すればもっとリアルな物語ができたかも知れません。
(文責  弁理士 和田 成則)